アニメ三銃士

Column44 語ろう!『アニメ三銃士』(レジェンド音響監督編)

アニメ三銃士』に関する関係者の証言を紹介する「語ろう!」シリーズ。前回で手持ちの証言を出し尽くして一区切りとなりましたが、ネットにて「新証言」が掲載されたので、今回復活となりました。

掲載元は「エンタメとカルチャーを読むメディア」がキャッチコピーのニュースサイト『otoCoto』より。そこで連載されている、古川登志夫さんと平野文さんによるベテラン声優へのインタビュー企画「レジェンド声優インタビュー」より。日高のり子さんを迎えてのインタビューが前後編で掲載され、2018年3月4日に公開された後編にてコンスタンス役で出演した『アニメ三銃士』の話題がありました。


なお、前編は国民的ヒロインとなった『タッチ』の浅倉南を演じた時の思い出話が中心。そして後編では『タッチ』終了後に役柄を広げるべく努力したことが語られており、特にある音響監督さんに抜擢されて『アニメ三銃士』に出演したことが、声優人生におけるターニングポイントとなったことが語られています。


まずは誰もが気になる『タッチ』終了後の心境と、そこで出会った音響監督さんの思い出から・・・。

平野文
(以下、平野
皆さんご存じの通り『タッチ』(1985年)は国民的ヒット作になったわけだけれど、ノン子は、それが終わった後のことは考えていた?


日高のり子
(以下、日高
実は全然考えてなくて(笑)。それどころか、南ちゃんがうまくいったので、自分は今、声優として良い感じになっているんじゃないのかと思い込んでいたんですよ。そうしたら、ある日、収録後の飲み会で、よその事務所のマネージャーさんたちから口々に「のり子ちゃん、これから大変だよ」って心配されまして……。そこでやっと自分の置かれている状況を理解しました。


古川登志夫
(以下、古川
強烈なイメージが付いちゃうと、ほかの役をやらせてもらえなくなっちゃうんだよね。


平野:
でも、『タッチ』完結から半年後に、NHKの『アニメ三銃士』(1987年)のヒロイン・コンスタンス役に抜擢されているわよね(編集部注:平野さんも悪女・ミレディ役で出演)。


日高:
実はそこにも、忘れられないエピソードがあるんですよ。まだ『タッチ』がやっていた頃に、『アニメ三銃士』の音響監督である斯波重治さんにお会いする機会があったんです。そうしたら斯波さんに「あなたは上手だなって思うときと、下手だなって思うときの落差が激しいんだけど、なぜ?」って言われてしまったんです!


古川:
厳しい!


日高:
確かに、スッとセリフが言えてスムースにキャラクターに入っていける時と、どんなにあがいてもスクリーンと自分の間に距離を感じてしまう時があるという自覚はありました。でも、そう斯波さんに言ったら「ま、いろいろ理由があるんでしょうけどね」って去って行ってしまって……。当時はそれがもう本当にショックでしたね。今後、自分が斯波さんに使っていただけることはないんだろうなって絶望していました。


平野:
斯波さんは、演技にはとても厳しい方だから……(編集部注:平野さんも『うる星やつら』で斯波さんに見出され、育てられた才能の1人)。


日高:
そういった経緯もあったので、『アニメ三銃士』に起用していただいたのは本当にうれしかったんですよ。斯波さんの求める演技ができるかどうかは分からなかったんですが、この1年で何かを得て帰りたいって強く思いました。


平野:
私はこの作品がノン子との初共演だったんだけど、なんて素直で、媚びのないさわやかなヒロインなんだろうって思ったし、そこにあなたの声がぴったりハマっていたと感じたわよ。
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その音響監督とは、『アニメ三銃士』を手掛けた斯波重治さんのこと。斯波さんは上記の『うる星やつら』の他にも『科学忍者隊ガッチャマン』『未来少年コナン』などの大ヒット作を手掛けており、当時の時点でも既に「レジェンド音響監督」でした。そんな斯波さんから「役者失格」とも思える指摘を受けた時のショック、そして『アニメ三銃士』でヒロイン役・コンスタンス役に抜擢された時の喜びたるや、察する余りあります。
アニメ三銃士』は日高さんにとって「南ちゃん後」の、そして「レジェンド音響監督・斯波重治」へのチャレンジという意味で、期するものがあったようです。


ところで、平野さんは『アニメ三銃士』が日高さんとの初共演だったとは意外。そんな平野さんによるコンスタンス評は「媚のないさわやかなヒロイン」。これはご自身が演じた「悪女」ミレディとの対比もあったのでは。


というワケで続いては、平野さんによるミレディのキャスティング秘話。当時の平野さんは大ヒット作『うる星やつら』のヒロイン・ラムを演じて間もなかった頃。この点は南ちゃんを演じ終えた頃だった日高さんに似ていますが、こちらも斯波さんによる抜擢がありました。

古川:
文ちゃんはどういう経緯で出ることになったの?


平野:
斯波さんからのご指名だったんです。でも、ミレディって、ミステリアスなとても大人っぽいキャラクターだったので、自分にはできないって最初はお断りしたんですよ。そんな声出したことないからできません、って。ところが、それに対する斯波さんのお返事は「いや、大丈夫です」で(笑)。そこまで言ってくださるのならチャレンジしてみようとお引き受けすることになりました。


古川:
斯波さんってそういうところがあったよね。これはと思った役者さんの新境地を引き出すというか。それまでやっていなかったような役をやらせてくれるんだよ。僕も『うる星やつら』まではロボットアニメの主人公みたいな役ばかりやっていたんだけど、斯波さんのお声がけで、三枚目役をやらせてもらうことになったからね。


平野:
だから、きっとノン子についても、南ちゃんの演技を聞いていて、何か感じるものがあったんでしょうね。私たち以外にもそんな風に斯波さんに育てていただいた人がたくさんいた人がたくさんいました。千葉繁さん(『うる星やつら』メガネ役など)、玄田哲章さん(『うる星やつら』レイ役など)……みんな、そうよね。


古川:
とにかく“耳”の良い方だったからね。


日高:
その後も『となりのトトロ』(1988年)、『らんま1/2』(1989年)と、斯波さんの作品に継続してださせていただき、やったことのない役をやらせていただきました。もちろん、新しい役をやるたびに壁を感じるんですけど、それを乗り越えていくことで成長できたような気がしますね。
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平野さんのミレディ役は斯波さんの「ご指名」で、しかも一度は断るも「大丈夫」と断言される程に信頼されて、それに応える形で演じたという。これは『うる星やつら』で平野さんの演技を長年見続けて、その上で新境地を引き出すべくミレディ役に抜擢したらしい。平野さんにとっても『アニメ三銃士』とミレディ役は、「ラムちゃん後」のチャレンジであり、その後の声優人生におけるターニングポイントとなりました。


察するに、かつて斯波さんが日高さんに苦言を呈したのも、声優としての資質が充分にありながら活かしていないと感じていたから。そして日高さんを『アニメ三銃士』に抜擢したのは、平野さんをミレディ役に抜擢したことと同様に、声優としての新境地を引き出そうとしたからでしょう。
そして、平野さんが名を挙げた千葉繁さんや玄田哲章さんも『アニメ三銃士』に出演していたので、言うなれば『アニメ三銃士』は、斯波さんに見出された声優陣が集結した作品と言えるでしょう。


また、今回のインタビューで日高さんと平野さんが『アニメ三銃士』について語らうのは、往時のファンとしては懐かしくも新鮮な印象。さもありなん、1988年刊行の『別冊アニメディア アニメ三銃士 PART1』に掲載されたメインキャスト座談会では日高さんがスケジュールの都合で終了間際の参加でした。コンスタンスとミレディの「善悪ヒロイン対談」が、約30年という熟成期間を経て実現したようで感慨深いです
djpost1987.hatenablog.com


さらに奇縁なのは、古川登志夫さんも『アニメ三銃士』のパイロット版『鉄仮面を追え』で、主人公・ダルタニャンを演じていたこと。この時の古川さん演じるダルタニャンは、鉄仮面の非道に怒る熱血ぶり(古川さんの言葉を借りれば「ロボットアニメの主人公みたいな」)と、コンスタンスにデレる三枚目ぶりを併せ持つ、古川さんならではの魅力が感じられるキャラでした。しかし、ご存じの通り、テレビシリーズでは唯一となるキャスト変更となりました。
これも斯波さんの音響監督としての判断だったのか、それとも別の止むを得ない事情(古川さんのスケジュールの都合など)があったのか。それは当事者ならざる立場としては分かりません。
しかし、このインタビューで古川さんがその事に一切触れなかったのも、アニメ三銃士』という作品とそれに出演した平野さんや日高さんら声優陣、そして音響監督を務めた斯波さんへの、古川さんからの無言のリスペクトに思えます


さて、その後の日高のり子さんはインタビューにもある通り『アニメ三銃士』の後も、斯波さんの起用で『となりのトトロ』『らんま1/2』という大ヒット作品に出演しました。また、インタビューの続きでは初の少年役、しかも「名作劇場の主演」となる『ピーターパンの冒険』や、『ふしぎの海のナディア』『炎の闘球児 ドッジ弾平』と少年役へのチャレンジが語られています。
そこには斯波さんとの出会いが、そして『アニメ三銃士』に出演したことがどれ程大きかったのか。それを感じさせる良インタビューです。


斯波さん御本人が『アニメ三銃士』について語った証言は、残念ながら見つかっていません。しかし、今回の日高さんや平野さんのように、出演した声優さんが30年を経た今でも第一線で活躍していること。そして当時を振り返ってチャレンジでありターニングポイントだったと語っています。
その事実こそ、アニメ三銃士』における「音響監督・斯波重治」の存在感の大きさを、何よりも雄弁に物語っています